中距離通い介護者・ゆず吉自身の心の変化11年早送り 前半編

ゆず吉です。シングル&一人っ子で週末ごとの中距離介護とは、決して楽しいものではありません。嫌だ嫌だと思いながら接すれば、その「いやいやオーラ」は伝わります。

なるようになるさで11年近くもやってきましたが、振り返ると、後悔、あきらめ、反省、複雑な思いが入り混じります。何よりも、もっと学び、正しく備えておけば、楽に過ごせる方法や、追い詰められない道の選び方があっただろうと思います。

これから一人っ子介護だ、遠距離介護が始まりそうだ、嫌だ嫌だ、と思ってここにたどり着いた方に、少しでも参考にしていただければと思い、あくまでもゆず吉自身の一例でしかありません11年ひとまとめに思い出してみたいと思います。

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介護突入初期

早くに家を出て経済的にも自立してから四半世紀まではいかずとも、たっぷり20年以上たっておりましたので、自分の時間が自由に使えなくなることへの抵抗感が激しく、はじめのうちは、いやいやどころか、八つ当たりでした。今思えば、いい年をして恥ずかしながら・・・と思うほど、親に対して冷たく激しい感情だったと思います。愛のあるご家庭の場合はこのようなことはないのかもしれませんが、年に一度のご機嫌伺いくらいしか接点がなかった親でしたので、親に頼られたことが降ってわいた不幸に思えてしまったというのが、初期の正直な感情でした。

介護者が息抜きができるような状態であればまだよかったのかもしれません。息抜きは大切です。介護のプロや、病院関係者、行政もみな、そうおっしゃいます。しかし、一人っ子であれば、そう簡単に息抜きを決断し、実行にうつせるものでもありません。両親ふたりを同時にかかえてしまうと、なおさらです。

それでも、介護体制を整え、時間さえ作れば、友人と食事に行ったり、気晴らしに街を歩いたりすることはできるようになりますが、海外旅行などへは行けるものではありません。国内ですら、戻ってくるのに1日かかるような遠くへ行くことは躊躇してしまいます。後に母が入居した施設でも、息抜きには賛成でも、必ず連絡がとれるかどうか、急な事態の場合にかけつけられる所用時間はどのくらいかを常に気にしておいででした。他に助けがいない一人っ子ならではの事情と思われます。

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中距離介護、初期・前半

はじめのころは、週末に身体を休めることができず、常に疲労・倦怠感がつきまとい、実家へ通う電車の中は、ひたすら睡眠時間に当てておりました。電車の中で寝る姿勢とは、決して良いものではありません。結局、腰や首に激痛が走り、それでも眠く、痛くて目が覚めると降りる駅に近づいていることが多かったです。

この電車の移動に身体が慣れてくると、今度は無作為に電車の中で時間を過ごすことにイライラするようになってきました。世間や友人たちに置きざりにされているような疎外感、怒り、焦り。それらすべてをストレスという言葉で片づけられては悔しいと思うほど、複雑なストレスを感じていました。

友人の楽しそうな投稿が煩わしくなり、SNSをシャットアウトしたのはこの頃です。ゆず吉自身がストレスからくる病気を多発するようにもなりました。

ちょうどその頃、ゆず吉・母が、自身の老いに恐怖を感じ、心が病みだしています。病んだ者同士が二人で相対しても、楽しい会話は生まれません。互いに相手に怒りやストレスをぶつけ合うような状態でした。ゆず吉・父は、激情する母娘から遠ざかるようになり、たった3人しかいない家族ですが、父とも会話が生まれません。

そして、親の通院付き添いで仕事を休みがちになってくると、疲れすぎて仕事上のうっかりミスが増え、仕事に支障が出るようになりました。職場の協力や理解も得られなかっために、周りともうまくいかなくなりました。追い詰められていき、結局、サラリーマンとして順調に積み上げてきたキャリアをあきらることになりました。

いったん仕事を減らそう。転職すればいい。自分ならすぐに転職できるという自信もありました。振り返れば、ここが最大の失敗だったと思います。自分に親の介護を切り抜ける知識と備え、そして親自身の備えもしっかりしていれば、この選択には至らなかったことと思います。

中距離介護 初期・後半

週5日働き週2日実家で過ごす、という生活から、週4日働き、週2日実家で過ごし、週1日は身体を休める、という生活に変わりました。収入は思った以上に減り、将来への不安は増えましたが、身体の負担は大きく減りました。

身体の負担が減った分、心にゆとりも生まれました。ゆとりが生まれた分、学ぶ時間ができました。ここに至ってようやく介護について学びはじめたのです。

中距離介護 中期への入り口

制度を知り、費用を知り、頼る相手を知り、できることを手配しつくすと、再び時間にゆとりが生まれました。自分がすっかりすり減っていましたので、回復にも相当の時間を要しましたが、まさに脱皮したような気分です。

時短契約で働いておりましたが、そろそろ新しいフルタイムの仕事を見つけようと思ったのがちょうど50歳。ところが・・・世の中はそんなに甘くはありません。50歳で要介護の親を二人抱えていつ休むかわからない人材は、そう簡単に採用してもらえるはずはありません。転職は簡単にできるだろうという自信は見事に砕かれ、大きな挫折を味わいました。自分の不出来を棚に上げ、何もかもを親のせいだと思うようになり、また黒い感情と闘うようになっていました。

そして、転機の時を迎えます。二度目の脱皮です。<後半へ続く>

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