とうとう「施設」入居、母の心の変化、2年分早送り その①

シングル&一人っ子で週末ごとの中距離実家通いがとうとう11年目に突入したゆず吉です。

退院後に自宅で過ごせなくなってしまった母でしたが、ミドルステイプランのある有料老人ホームの空室を見つけ、ひとまず病院からホームに直行し、入居することとなりました。入院中の下肢の筋力低下が一時的なものなのか、リハビリ次第でどうにか歩けるようになるものなのか、この時点では全く見通しは立たないまま、母の施設ライフが始まります。

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施設に順応できるか

退院したら家に帰れるのかと思っていたのに、帰れない。帰りたいけれど、帰っても生活ができるか不安しかない。どうして病院にいさせてはくれないの?なぜ退院しろと言うの?

そのような中で、突然連れてこられてしまった施設を母は受け入れることはできたでしょうか?

ゆず吉も、母との対話に困り果て、情報を求めてかなりあちこちの皆様のブログをさまよいました。これはゆず吉・母の一例にしかすぎませんが、一つでも例が多いほど、何かのお役に立つかもしれないと思い、2年分を早送りして、できる限り客観的に、まとめてみます。

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入居~1か月

取り急ぎ探したホームは、住宅型有料老人ホームで空室があり、ミドルステイを受け入れてくれるところでした母の希望していたようなホテルのようなサービス付き高齢者向け住宅ではなく、病院のような老人ホームですが、ここでは個室を利用することができました。

病院では、認知症で始終独り言をしゃべる方は、苦しくて唸っている方もいる4人部屋でしたので、夜もほとんど眠れなかったようです。看護師さんはおっかないし、勝手なことをすると怒られます。そのような病室から、のびのびできる個室になったため、とてもうれしそうでした。

食事時もベッドの上ではなく、スタッフが車椅子を押して食堂へ連れて行ってくれます。きちんとテーブルについて食事をとることができるので、ホテルのようだ、と喜んでいました。

とにかくご機嫌だった1か月です。

入居後2~6か月

何かが違う、自宅で自由に過ごす日々とは、とにかく何かが違う、ということに気づいてしまうと、何もかもが不満に思えてくるようです。

食事に味がしない、不味い。(ホームでは身体によい食事しかでませんので、塩分がかなり控えめです。味の濃い食事を好んで作ってきた母には美味しいと感じなかったことでしょう。)

あのスタッフはえこひいきをする、このスタッフは袖の下を払わないと何もやってくれない。(介護度が高い人ほど、居室への出入りは当然頻繁になります。)

食事のテーブルで、目の前の席で食べているおばあさんの食べ方がきたなくて、食欲がなくなる。(老人ホームですので、元気いっぱいな年寄りばかりとは限りません)

自由に外に出してもらえない。監獄だ。(そのホームでは、支援1・2の人しか、自分で外へ出ることができませんでした。)

服に油性マジックで名前を書かれた。(すべての持ち物に名前を書くのは、ホームのルールです。)

部屋に入ってくる。(様子を見に来てくれますので、致し方ありませんが、ちゃんとノックはしてくれていました。)

家に帰りたい。早く帰らせろ。

娘が姥捨て山に捨てた。娘のせいだ。娘が悪い。(昔、「姥捨て山」という映画があり、「姥捨て山」という言葉は衝撃的でした。まだ見たことのない方は、一度、ぜひご覧ください。)

虫がいる、水が押し寄せてくる、部屋に川がある、猫がいる、など(認知症の妄想の症状がはじめて出現。)

お金を盗られた、物を盗られた(お金はそもそも置いてはいませんが、確かに洗濯に出した服やタオルがよく紛失し、1か月たって戻ってきたりしていました。)

最初の山場

妄想も混ざり、認知症も悪化、不平不満や悪態もエスカレートしていきます。相対していても、また、電話で話していても、こちらが辛くなるような言葉を投げつけるばかりで、対話もつらく、ゆず吉もストレスと疲労がピークとなり、母の顔をみたくなく、ホームを訪ねる気もしなくなってしまいました。

他の方のブログなどでも、半年はダメだ、と言いますが、本当に、最初の半年は、荒れに荒れておりました。

この山場を乗り切った後は、よくなるのか、さらに悪化するのか・・・ それは人それぞれなことでしょう。

施設に入ってくれたら少しは楽になるのかと思っていたら、ゆず吉にとってもつらいばかりであった半年です。親自身が自分で納得して入居してくれないと、本人も、家族も、そして、周りも、苦しい思いをしなければなりません。どこに住むか、これからその時を迎える方は、ぜひ、自分で考え、自分で備えてください。


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